あなたが最初の人類だとします。

あなたが人類史上
最初に服を着ました。
最初に絵を描きました。
最初に音楽を奏でました。
その評価はどうなりますか?
そこには「良い」も「悪い」もありません。
「良い」「悪い」は相対的、つまり
比較して初めて成立するものなので、
前例のないものは評価しようがありません。
良い悪いは、前例との比較にすぎないんです。
評価は2番手から
人類初の服を着たあなたを見て
周りの原始人たちは何を思うでしょう?
「それカッコいいな!」
「ん〜センスがいまいちだな」
なんて思いませんよね。
「それ何?」
「よくわからんけど暖かそう」
「ジャングルに入るときチクチクしないかも」
こんな感じだと思います(笑)
おしゃれとか
コーディネートのセンスとか
そういう概念自体が存在しないからです。
あなたが描いた人類初の絵を見て、
「上手にマンモス描けてるね」
「いや〜、パースがちょっと・・」
とは、なりません。
「知っている獲物の形と同じだ」
「洞窟に描いたら消えないかも」
となるでしょう。
絵のセンスとか
パースなどのバランス
なんてもちろん考えません。
最初に何かを行った人への評価はありません。
良い悪いは無い。
評価されるのは2人目以降にそれを行った人たちです。
「前の人より上手だな」
「こっちのほうが心動かされるな」
など、
前例(一人目)と比べて初めて、良い悪いが出てきます。
音楽はどうか
これは、あらゆるジャンルに共通して言えるでしょう。
ダンス
演技
料理
そして音楽も。
音楽を好む人であれば
「良い演奏」や「良い音」を聴きたいと思うはずです。
じゃその定義や基準って何ですか?って話。
なにをもって良い演奏なのか
なにをもって良い音なのか。
あなたの演奏や音は
常に誰かから「良い・悪い」の評価をされるでしょう。
でもそれは、前例(過去)との比較であり
誰かが勝手に決めた基準に照らしあわせたものです。
または、明確に決めたわけではないけど
誰かを“お手本”として、そこと比較されている。
有名ミュージシャンや過去のレジェンドたちと比べて
あなたはこうだよ、と。
音楽の比較ポイント
演奏するうえで
みなさんが一番気にするのがテンポでしょう。
一定のテンポをキープできるか。
クリック(メトロノーム)に合わせられるか。
一定のテンポで演奏できれば
それは「良い」と評価されがちです。
なぜなら現代の音楽は
そのほとんどがクリックを基準にして録音されているものだから。
ところが最初からクリックが基準だったわけではありません。
60年代の音楽は大半が
録音時にクリックを使用していないのでテンポが揺らぎます。
The Beatlesなんかいい例です。
例えばこの曲にクリックを合わせてみてください。
ドンピシャで合わせたとしても
曲を流しているうちにずれてくる部分がありますよね?
この時代は基本的に
演奏の一発録り(メンバー全員でせーので録音)で
ドラマーに合わせるというのがスタンダードでした。
だからどんなに上手いドラマーでも、僅かにテンポが揺らぎます。
でもこれが
演奏をよりドラマチックにし、印象的な曲にするんです。
70年代くらいから一部でクリックは使われはじめましたが
まだ主流ではありませんでした。
そして80年代に入り
コンピューターで音楽を制作するという流れになって、クリックが必要不可欠になります。
コンピューターで制作すると
「別のテイクに差し替える」
「あとからフレーズを付け足す」
などが効率的にできるからです。
これにより「クリック前提」で楽曲が録音されるようになりました。
クリックという基準がないと
後から差し替えたり、付け足したりできないからね(笑)
作業効率は爆発的に向上しますが、
曲の情緒がなくなるというか
テンポの揺らぎでリスナーの感情を揺さぶることはできなくなります。
つまり
テンポどおりに弾くことは必ずしも「良い」とは言えないわけです。
テンポどおりの演奏が「良い演奏」というのは
誰かが、そして時代の流れが作ったものなんです。
判断基準は自分
バンド界隈でよく言われるものに
「いい音=抜ける音」というのがあります。
抜ける音というのは
自分が出している音が他のパートに負けずにちゃんと聞こえてくる
ということ。
ギター、ベース、ドラム、キーボード、そしてボーカル。
お互いが抜ける音を目指しているので正しい音の作り方をしらないと、
やたら大音量で何弾いてるかわからんバンドになります(笑)
自分の音が聞こえてほしいものだから
どんどん音量を上げていっちゃう。
そもそもね、「抜ける音」というのは存在しないんですよ。
(抜ける音の作り方 抜ける音なんて無い)
抜ける音・いい音、というのはあくまで結果であり
リハーサルの度に模索して作っていくしかありません。
そして最終的には
自分がかっこいいと思えればそれでOKなんです。
まぁ、バンドならメンバー間での折り合いもあるだろうけど。
自分がOKならOK。
ついでにメンバーもOKと思ってくれたらOK。
「いい音」という普遍的な正解があるのではなく
判断するのは常に自分です。
「この機材でいい音が出る」とか
「このセッティングにいい音になる」とか
言うこと自体が意味のないものなんです。
最後に
良い悪いという評価自体を
否定するつもりはありません。
否定するなら
僕はレッスンができなくなっちゃう(笑)
レッスンではやっぱり
テンポがどうだとか
音がどうだとか
リズムがどうだとか、
言っちゃいます。
それは何が基準かっていうと
僕基準です。
あえて言おう、
オレ基準である、と。

僕の価値観を押しつけているつもりはありませんよ。
だけど僕が教える以上
僕が良いと思う方向に持っていくし
僕が悪いと思う方向には持っていかんでしょ。
誰が教えてもそうなります。
生徒の状態・価値観を考慮しつつ自分が良いと思うことを提案するか
生徒の状態・価値観を完全無視して自分の考えを押し付けるか
の違いです。
(生徒に嫌われる講師)
(プロの予想はあてにならない ~講師の言うことは信用できるのか?~)
僕は、生徒さんの
「こうしたい・こうなりたい」という思いをくんだ上で、
じゃ、それを実現するにはこう、という提案をしています。
できていなかったらごめんなさい(笑)



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