19/11/28 ミュージシャンの引き際

最終更新: 2020年5月2日

スポーツを観るのはわりと好きなんですが、つい考えてしまうのが引き際というものです。

スポーツ選手は避けて通れない「引退」ですね。いつかはその日がやってきます。


思いどおりに身体を動かす、そのために徹底して反復する。

この点において、楽器演奏はスポーツと同じだと感じています。スポーツほどは酷使しないにしても。


だからミュージシャンにも引き際があると思うのですよ。特に歌手は。

声量、ロングトーン、そして何よりキー。

加齢にともない声は出にくくなっていきます。高い音程はなおさら。


いや別にね、キーが低くなることはいいんです。それはそれで味があるというか。深みのある声になっていきますから。ならない人もいるけどね(笑)

ただ、若いときにヒットしたキーの高い曲を

声が出ないのに無理して歌う、またはキーを下げて歌う。

これはやめてほしいです。どちらにしてもイメージを損ないます。


これはねー、ファンというかリスナーの側にも責任があるんですよ。

だってヒット曲を聞きたいじゃん!(笑)

でも、もう声の出ない老人←失礼

が無理して歌うならヒット曲はもう思い出の中にしまってもいいでしょう。



キーを下げると何が問題か

楽曲において大切なもの」の記事にも書きましたが、曲というのは作る時点であるべき方向に向かうというか、かなり最適な状態で仕上がっているはずなんです。想いが乗っていますからね。

だからキーを下げても曲としては成立するかもしれないけど、魅力は半減です、きっと。

キーの高さとか、声の張りみたいなものも含めて曲のイメージだからね。


イヤでも引退を突きつけられるスポーツ選手も酷っちゃ酷ですが

誰も引き際を教えてくれないミュージシャンのほうがもっと酷ではないですかね。。。


当然、それまでの仕事を失うことにはなりますが。

若いときのパワー、勢い。

これらを、年を重ねることで得る経験、テクニック、円熟味でカバーできなくなったとしたら

そのときこそが引き際ではないでしょうか。


だからといって、音楽を断念する必要はありません。

第一線を退く、つまり表には出ないという意味なので。

楽曲提供、講師業、後進の育成。

やれることは沢山ありますね。



引退する美学、引退しない美学

「ギリヤーク尼ヶ崎」さん。かなりご高齢の大道芸人の方ですが。

この方の舞踏は、もう命がけというか。鬼気迫るものがありますね。これはこれで良かったりします。

芸術の域まで高められたものは引退とは無縁なんだろうか。。。難しいなぁ。

(音楽というテーマからはやや外れるので動画は載せませんが。興味のある方は調べてみてください)


結局は「感動」があるかどうかだと思います。

スポーツ選手でも、

全盛期に引退する選手。これは感動という点で文句なしでしょう。

ボロボロになるまで続ける選手。これは人それぞれですが、ボロボロになっても戦っている姿が人々に感動を与えるものなら、やはり引退はしなくてもいいのではないかと思います。


ミュージシャンは、本人の人柄や技術もそうですが、やはり楽曲のイメージもあっての感動だと思うので。

楽曲のイメージを損なう状態になったのなら、

引くことを最後の感動としてもいいのではないでしょうか★



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